谷川俊太郎・覚和歌子の共同監督でおくる、大人のための映像絵本

写真映画「ヤーチャイカ」

現代日本を代表する詩人・谷川俊太郎と覚和歌子による、共同監督作品、「ヤーチャイカ」。

結婚を約束した恋人を亡くし、心と身体に傷を負い、小さな村へとやってきた女。すべてに挫折し、自殺にも失敗した男。女の務める小さな天文台で出会った2人は、同じ星空を眺めるようになり、やがて心を寄せ合うようになる。

主演は、映画とテレビで、もはや欠かすことのできない存在である香川照之。そして尾野真千子。音楽に丸尾めぐみ、撮影に首藤幹夫、衣装に伊藤佐智子、アートディレクターに葛西薫と、各界の最高のスタッフがこの1本の作品に集まりました。







この映画には役者によるセリフが、一切ありません。あるのは、誰による言葉なのか分からない、ナレーションのみ。効果音もほとんどありません。あるのは時系列を失ったスチール写真だけ。

撮影された1万枚の中から選ばれた、約1,000枚もの制止画が、美しい音楽をともない、不思議な波動をもって、画面に展開してゆきます。

映画史上初、70分の長編写真映画である写真映画「ヤーチャイカ」。一枚一枚の動かない映像は、目に見えるものから見えないものへと、私たちの心の通路を開く役割を果たしてくれます。







男と女をつかの間、結びつけたものは何だったのか。

「ヤーチャイカ」

人類史上初めて女性宇宙飛行士が宇宙から地球に呼びかけたという、その言葉が、まるで呪文のように、作品全編でくり返されます。

「ヤーチャイカ、ここはとてもいいところです」

この言葉で結ばれる、男・女、ヒト・自然、地球・宇宙。覚和歌子、谷川俊太郎によって磨かれた言葉。山梨県北杜市、長野県川上村で撮影された美しい風景。そしてこの映画のもうひとつの主役とも言える研ぎ澄まされた、丸尾めぐみの音楽。


この世に生きることの孤独と切なさ。写真映画「ヤーチャイカ」は、まるで詩集のページをめくるかのようにして、描き出してゆきます。

写真映画「ヤーチャイカ」はフォト・ストーリーの形を借りて描く、すべての大人に贈る、1本の映像詩です。




















Staff


監督
:覚和歌子 谷川俊太郎

キャスト
:香川照之 尾野真千子
 コモブチキイチロウ 高松いく

企画・プロデューサー
:畠中基博 中村誠

脚本・編集
:覚和歌子 谷川俊太郎

撮影監督:首藤幹夫

音楽:丸尾めぐみ

衣装:伊藤佐智子
録音:橋本泰夫
アートディレクター:葛西薫

2009年ロンドン映画祭出展作品



(c)「ヤーチャイカ制作委員会」
パグポイント・ジャパン、フロンティアワークス、ティーワイリミテッド

*作品の画像等の転載を禁止します










 なつかしい風に ふと立ち止まる
 シャツをはおるように すれちがう匂い
 遠すぎる場所は 仰ぐだけなのに
 ふれてた頬よりも 今あなたは近く








 泣けるだけ泣いた 昨日までが
 私をようやく 歩き出させる

 終わるような 燃える空に
 最初の星が 光る








 折り返す頁 左利きの手
 抱きしめるよりも 強い記憶がある
 新しいままの かなしみでいい
 その分 世界へと やさしくできるなら








 もう一度また 歩き出せば
 温まるだろう 指も心も

 終わるような 燃える空に
 はじまりの夜が来る








 終わるような 燃える空に
 最初の星が 光る




 覚和歌子「夕焼けは青空のはじまり」












Interview


写真映画「ヤーチャイカ」 監督・脚本・編集   覚和歌子×谷川俊太郎 対談









覚和歌子:この作品を制作することになったいきさつから話しましょう。写真映画の脚本を書いてみませんかというお話をまず私がいただいて、その後キャスティングなどの打合せが進む中で、誰に監督をお願いしょうかという話になった時に俊太郎さんのお名前が出たんです。ここ数年、朗読会のほか、いろいろなコラボレーションをさせていただいていた関わりもあって私が代表してお声をかけたわけなんですが、意外なほど早くお返事をいただきました。

谷川俊太郎:そうそう、30分くらいでね。今考えると軽率だったと思うんですけど(笑)僕はもともと写真が好きだったし、写真映画というスタイルなら何か面白いことができるんじゃないかと思ったんですよね。普通のムービーなら、絶対に断っていたと思いますよ。

覚和歌子:俊太郎さんは市川崑監督の元で映画修行されていますけど、その経験は役に立ちましたが?

谷川俊太郎:反面教師という意味では役に立ったんじゃないかな。というのも、ムービーでは可能なことでも、スチールでは不可能なことがいくつもあることがわかったから。それは実際にやってみて初めて気づきましたね。

覚和歌子:私はスライドと詩の朗読を組み合わせたパフォーマンスや写真詩集を作るというような経験はけっこうやってきたわけなんですけど、70分以上の尺でのストーリー映像となるとずいぶん勝手がちがいましたね。

谷川俊太郎:僕もこれまでフォトストーリーや写真絵本というのはやったことがあったから、最初は軽く考えていたんですよね。ムービーよりも遙かに楽なんじゃないか、って。でも、覚さんは普段から物語詩を書いているわけだから、物語りを想像するのは慣れていたんじゃない?

覚和歌子:うーん。でも物語詩を映像化して編集するというのはまた別の分野なんですよね。ましてこの映画史上初の「長尺(70分以上)の写真映画」という形式なわけですよ。この形式を生かすためにどんなことをするのが一番効果的なのか、過去のお手本がどこにもないから何を考えるときもそのための「よすが」がない。

つまり、たぶんこうだろうという「読み」がきかないということなんですよね。結果として、伏線をはりめぐらすような物語の構造ではなくて、ごくシンプルな筋のお話を静かに味わい深く進める、というやり方がふさわしいと踏んでスタートしました。その上で、音楽が勝負だということだけは確信があった。とにかく全てにおいて普通のムービーでできるようなことはあえてさけようと。







谷川俊太郎:僕はこれまでいろいろな他のジャンルの人たちとコラボレーションしてきたわけだけど、詩を書くもの同士が共同作業することがこんなに難しいこととは思わなかった。ナレーションひとつとっても自分の言葉が出てきてしまうんですよね。もちろん、これは覚さんの映画だと最初から思っていたし、相手の発想に立とうとするんだけど、どうしても生理的な違和を感じるところが出てきてしまうんです。この映画に関わるまで、僕はもっと自分というものに固執せずに共同作業ができると思っていたけど、それは間違いだった。だからこそ、どちらに主体性があるかをはっきりさせることは重要ですね。

覚和歌子:そうですね。それが今回の経験を経て、身をもって理解したのは、映画作りはけっしてきれいごとではすまされない、ということだった。

谷川俊太郎:それは僕が市川組に飛び込んだときにも痛切に感じましたね。詩の世界は、なんてきれいごとなんだと思った。つまり、映画の世界は俗っぽくて、スタッフも文学者とは全然人種が違うんです。職人肌で、考えることも、仕事の仕方も具体的。要するにアタマでっかちじゃない、その違いが自分にとっては刺激的でした。

覚和歌子:私も今回、全然違うフィールドで仕事をしてみて、そうとう刺激的だった。何万枚の写真を料理するというところからして私には想像を絶する作業ですからね。そういう中で体調がギリギリになると、人間っていろんなネガティブな考え方が出てくる。そういうむき出しの自分と向き合うことがほんとにつらかった。

谷川俊太郎:自分とスタッフ、それに映画を観る観客、その三者のあいだのフィードバックが大変だったよね。ある意味、覚さんは周到に編集してたよね(笑) でも、そういったところに覚さんの作詞分野のプロとしての職人根性が生きている感じがするな。たぶん僕が編集していたら、もっといい加減な映画になっていたんじゃないかな(笑)

覚和歌子:職人根性っ(笑) でも表現の仕事をしているひとなら誰でも観客の感覚というか、他者のまなざしというものを持ってて、それが自分なりにものをつくるときの基準になっているものでしょう。

谷川俊太郎:きっとそれが今の現代詩に一番欠けているところなんでしょうね。覚さんの作詞の仕事と物語詩の創作を平行してやっていて、最初から声に出して読むことを大切に考えてきたわけだから、つねに他者の存在を意識してきたんでしょうね。僕としては、覚さんのそういうところを信頼しています。


*この対談の完全版は「ヤーチャイカ」DVDの特別特典ブックレットに収録されています











Staff



監督・原作・脚本・語り:覚 和歌子(かくわかこ)



1961年山梨生まれ。早稲田大学卒。ショコラータに作詞提供してデビュー。ムーンライダース、クミコ、平原綾香、smapなど多くの作品を手がける。

1992年淡路島「世界環境芸術会議」で地元小学生と共演した実験詩パフォーマンスをきっかけに身体表現としての詩に目覚める。以後、自作詩の朗読ステージを国内外で精力的に展開。『朗読するための物語詩』という独自の分野を開拓し、評価を受ける。

2001年「千と千尋の神隠し」の主題歌「いつも何度でも」の作詞でレコード大賞金賞。2008年公開の「崖の上のポニョ」ではオープニング主題歌「海のおかあさん」を作詞。ソロアルバムは2004年に「青空1号」、2006年「愛かもしれない」、2010年「カルミン」がある。

著作に、詩集「ゼロになるからだ」(徳間書店)、「海のような大人になる」(理論社)、他エッセイ、絵本など多数。





監督・脚本:谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう)



1931年東京生まれ。1952年、「文学界」に詩を発表して注目を集め、処女詩集「二十億光年の孤独」を刊行、みずみずしい感性が高い評価を得る。

以降文筆業を生業として今日に至る。主な詩集には、読売文学賞を受賞した「日々の地図」をはじめ「ことばあそびうた」「世間知ラズ」「モーツァルトを聴く人」等がある。また、絵本「けんはへっちゃら」「こっぷ」「わたし」や、日本翻訳文化賞を受賞した訳詩集「マザーグースのうた」やスヌーピーでお馴染みの「ピーナッツ」等の翻訳、脚本、写真、ビデオなど様々な分野で活躍している。現代を代表する詩人のひとり。





撮影:首藤幹夫(しゅとうみきお)



1967年大分県大分市生まれ。1990年独立後、新聞や雑誌を中心に活動しながら、映画、演劇、音楽など、多方面と関わる。1993年から複数台のスライド映写機を自身で操作し上映する作品を多数発表している。現在、東京造形大学大学院にて非常勤講師を務める。

著書に「青天白日」(覚和歌子との共著)、「SHOW LONELY RIVER」、「次世代の空間デザイン 21名の仕事」、連載に雑誌「ダ・ヴィンチ『この本にひとめ惚れ』」など。






衣装:伊藤佐智子(いとうさちこ)



一枚の布から始まる表現形式において、常にそのコンセプチュアルワークに高い創造性を求め、自在な感性に依るオリジナリティ溢れたデザインを提供することを信条とする。

舞台、映画、CMの衣裳デザインはもとより、資生堂での商品開発から、松任谷由実、井上陽水コンサートツアーにおける衣装、セットデザイナーなど、活動は多岐にわたる。

映画では、2005年「オペレッタ狸御殿」(鈴木清順監督)、「春の雪」 (行定勲監督)、2009年「空気人形」(是枝裕和監督)、テレビドラマでは「白洲次郎」などの衣装デザインを担当。著書には「SARACA VISION」(青幻舎)、「STYLE BOOK」(講談社)、「着物で遊ぶ」(青幻舎)などがある。





アートディレクター:葛西薫(かさいかおる)


1949年札幌生まれ。サントリーウーロン茶、ユナイテッドアローズの長期にわたる広告制作のほか、近作に、SUNTORY、サントリー美術館の新CI、とらや東京ミッドタウン店、とらや工房のアートディレクション。

また、映画・演劇のタイトルワークや宣伝制作、装丁など幅広く活動。東京ADCグランプリ、毎日デザイン賞、講談社出版文化賞ブックデザイン賞など受賞。

映画作品では、「幻の光」、「誰も知らない」、「花よりもなほ」などのタイトルワークやアートディレクションを務めている。













Staff


写真映画「ヤーチャイカ」 主演







尾野真千子(おのまちこ) -新菜



1981年奈良県生まれ。中学の時に映画監督・河瀬直美に地元でスカウトされ、1997年、映画『萌の朱雀』で主演デビューする。

同作でシンガポール国際映画祭主演女優賞、高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞。その後、「EUREKA」(青山真治監督)や「リアリズムの宿」(山下敦弘監督)、「ナイスの森」(石井克人監督)、「クライマーズ・ハイ」(原田眞人監督)、「真幸くあらば」(御徒町凧監督)など映画に多数出演。TVドラマでは、「火の魚」「救命病棟24時」「MM9-MONSTER MAGNITUDE-」「Mother」などに出演。2007年には10年ぶりの河瀬監督作品「殯の森」で主演をつとめ、第60回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した。2011年10月からのNHK連続テレビ小説「カーネーション」では主役を演じている。







香川照之(かがわてるゆき) -正午



1965年東京都生まれ。1988年にNHK大河ドラマ「春日局」でデビュー。

以後、映画、ドラマ、舞台など多数の作品に出演。これまでの代表作に「独立少年合唱団」(緒方明監督)、「鬼が来た!」(チアン・ウェン監督)、「ゆれる」(西川美和監督)、「キサラギ」(佐藤祐市監督)、「劒岳 点の記」(木村大作監督)があるなど、国内外問わず活躍する近年の日本映画界では欠かせない俳優の一人となっている。

TVドラマではNHK大河「利家とまつ」、「龍馬伝」、「坂の上の雲」などがあり、その他にも著書に『中国魅録-「鬼が来た!」撮影日記』や「キネマ旬報」誌で連載中のエッセイ「日本魅録」も好評で、2003年と2005年度にキネマ旬報ベスト・テン読者賞を獲得するなど活躍の幅を拡げている。








Variations


写真映画「ヤーチャイカ」はDVDとCD、2つでひとつの作品が完成します













写真映画「ヤーチャイカ」DVD

本体価格 ¥3,800 (税込価格 ¥4,104)

ただ今お買い上げの方には、覚和歌子・谷川俊太郎の対談、5編の詩を含めた特製ブックレットをお付けしています

Contents


本編:70分
映像特典:劇場予告

Product Guide


仕様:DVD1枚組片面1層/MPEG-2
DOLBY DIGITAL・STEREO
リージョン1・日本語


写真映画「ヤーチャイカ」を収録した、DVDパッケージです。映画史上初、長尺の写真映画である「ヤーチャイカ」の本編70分と、予告編2種類を1枚のディスクに収めました。

山梨県北杜市と長野県川上村で収録された風景。尾野真千子と香川照之による演技。覚和歌子と谷川俊太郎による研ぎ澄まされた言葉。そして一枚一枚の静止画を繋いでゆく、丸尾めぐみによる美しい音楽。何度でもくりかえしてご覧いただける、映像作品です。


ただ今、お買い求めの方には、写真映画「ヤーチャイカ」の特製ブックレットをお付けしています。覚和歌子、谷川俊太郎、2人の監督の対談。ヤーチャイカ撮影日誌、お二人の5編の詩、写真と、「ヤーチャイカ」をさらに楽しんでいただくことができる内容の冊子です。













写真映画「ヤーチャイカ」music book(CD)

本体価格 ¥2,500 (税込価格 ¥2,700)

Product Guide


全17曲収録
収録時間:61分
デジパック仕様

作曲:丸尾めぐみ
歌:丸尾めぐみ、中村紗理


「ヤーチャイカ」の一枚一枚の映像を繋いでゆく、研ぎ澄まされた音楽。「ヤーチャイカ」は写真映画と同時に、音楽映画でもあります。つまり「ヤーチャイカ」のもうひとつの主役でもある、丸尾めぐみによる「ヤーチャイカ」のためにつくられた音楽作品を集めた、音楽CDです。

映画の予告編でも使用されている「ヤーチャイカ」の主題歌「夕焼けは星空のはじまり」をはじめとする、全17曲を収録。本編のDVDと一緒にぜひお楽しみいただきたい一枚です。

DVDのパッケージ同様、葛西薫によるデザインで、覚和歌子、谷川俊太郎によるコメント、歌詞、そして「ヤーチャイカ ~もしこの星に」と「信号 ~わたしはここにいます」の2作品の楽譜が収録されています。


Contents




  1. 夕焼けは星空のはじまり(作詞:覚和歌子)
  2. ヤーチャイカ ~もしこの星に(作詞:谷川俊太郎・覚和歌子)
  3. 扉絵のワルツ
  4. 信号 ~わたしはここにいます
  5. 太陽観測
  6. どこへ なぜ?
  7. ひとり と ひとり
  8. めざめ
  9. 横顔
 10. 新菜
 11. 吠えろ食欲
 12. つばさよ つばさ
 13. 心は見えないから
 14. ひとり と ひとり II
 15. その朝
 16. 夕焼けは星空のはじまり -Theme-
 17. 夕焼けは星空のはじまり -Instrumental-





Staff



音楽:丸尾めぐみ(まるをめぐみ)




京都生まれ。早稲田大学出身。父は牧師、母は医師という環境下、篤実と福祉の精神を育む。2歳半よりピアノを始める。幼少から親しんだ教会音楽とクラシックをベースに、リリカルな世界を生む。

鍵盤楽器一般のほか、マリンバ、アコーディオンの演奏家として活躍。加藤登紀子、ピエール・バルー、ムーンライダース、イルカらと共演、福山雅治、宇崎竜童、上条恒彦ら数多くのアーティストに作品を提供するほか、「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」「釣りバカ日誌」などの映画のサントラや、日生ミュージカル「火の鳥」、劇団プークなどの演劇音楽、CM音楽も数多く手掛ける。

覚和歌子とのユニット「ポエトリック・オペラ」はじめ、他ジャンルとの即興を交えた表現活動も多岐にわたり、自由で美しい楽曲を生み出している。








Message



写真映画「ヤーチャイカ」について










宇宙で発したことばの力   毛利衛(日本科学未来館館長 宇宙飛行士)


映画「ヤーチャイカ」を見てまず考えたのは、テレシコワが宇宙で発したことばの影響力についてでした。私が子供のときに聞いた「ヤーチャイカ!」の鮮烈な印象を忘れられなかったように、宇宙から発せされることばが、世界中の様々な世界に生きる人々に届き、影響を与え続ける。そして21世紀の今、詩人が紡ぐ映像の中でまた新たな価値を授けられ、次の世代へと手渡されていく。それは単なるコールサインを越えた意味を持っていると思います。

次々と新しい表現の場を開拓する詩人の感性に驚かされると同時に、最先端の科学技術がそこにさらなる刺激を与えられるのではないか、という期待がふくらんできます。科学と表現の次なるコラボレーションが、楽しみでしかたありません。








まるで、一冊の発光する絵本に出会ったよう     UA(ミュージシャン)



何か足りないことに気が付いた。それはページをめくるその紙の手触りと音。まるで、一冊の発光する絵本に出会ったようだったから。

ああ、美しい。もしも光に溶けたなら、こんな気持ちは存在せず、わたしというものが陽の光りとこの星の狭間にたたずむから、ああ美しい、が生まれる。

あちらとこちらの間にあるものは、ただ自分。人間、渡し。いや、私。








スペース       内田也哉子(文筆家・音楽家)


すきまだらけがいいんです。
まさしく、指で本のページをめくる時のあの「間」です。
大袈裟かもしれませんが、その一見。
何も起きていないような真空の間が、
表現において、生きる時間において、
最も決定的だと思います。

一瞬にも、永遠にも転がる間。

柴犬のように、あどけなくも承知した真菜の横顔、
むさくるしく混乱した面持ちに輝く、水星のような正午の瞳・・・・
二人のゆらぎと交差をていねいにめくるめく覚さんと谷川さんの指は、
ぽつんと、けれど、途切れることなく輝いている
宇宙「space」...................................間
について教えてくれました。










Message



写真映画「ヤーチャイカ」 企画・プロデューサー   中村誠









僕はラジオドラマが好きです。どんなに良くできた映画より、ドラマより、ラジオドラマに魅力を感じています。それは聴く人に想像力を大きくゆだねることができるからです。すべての情報を提供してしまう映画やドラマよりも、映像がマイナスされているラジオドラマには、聴く人が想像を自由に広げて、今までどこにも存在しない、究極のドラマが生まれる可能性があると思っているからです。

僕が今回の映画の企画を立てたときの最初の発想はそこにありました。従来の映画からいろいろな要素をマイナスして、見る人の想像力をプラスして、究極の「映画」をつくることはできないだろうか?また、映画とは、何をもって映画というのだろう?そういう興味もありました。

こんな「映画」を作ることは、従来の映画のスタッフでは対応できないでしょう。この作品の監督は、いわゆる映像の監督では駄目だったのです。そこで、僕たちが選んだ二人の監督は、覚和歌子と谷川俊太郎でした。この二人は言うまでもなく、日本を代表する詩人達です。

これは僕の勝手な憶測ですが、詩人というものは、言葉を完全に信用していないと思うのです。言葉は、非常に不完全なものです。世界に溢れるあらゆるものごとを言葉で書き表すことなど、絶対に不可能なのですから。だから、詩人はそのことを充分に知った上で言葉を選び、読む人の想像力を喚起した上で表現を完結しようとしている人種なのではないか?それが僕の詩人という人たちへのイメージでした。

二人の監督は、僕の想像通り、というべきか、通常の映画からあらゆるものをそぎ取って行きました。全編をスチールで撮り、動きを奪い去りました。役者によるセリフも本編には一切ありません。あるのは、誰による言葉なのか分からない、ナレーションのみです。効果音もほとんどありません。時系列を失ったスチール写真の数々が、不思議な波動をもって、画面に展開してゆきます。

出来上がったものは不思議な作品でした。それは映画なのでしょうか?それとも映画ではないのでしょうか?もしかしたら、これは映画でもなく、詩でもなく、もちろんドラマでもない、何か新しい表現形態の誕生なのかもしれません。

しかし、じっと見ているうちに、止まっていたスチールは想像の中で躍動し、聞こえないはずのセリフや効果が聞こえてくるに違いありません。見終わった後、あなたにとっての「ヤーチャイカ」は完成するのです。それは、僕にとっての「ヤーチャイカ」とは違うもののはずです。見た人すべてが、見た人の分だけの「ヤーチャイカ」を心の中に完成させるはずです。

これは、映画ではありません。詩でもありません。ドラマでもありません。「ヤーチャイカ」は、あなたたちと、僕たちとで作り上げる、たったひとつの新しいジャンルなのです。