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以上の画像はすべて本編のシーンより


メディア:DVD

カラー:本編80分
特別インタビュー95分

16:9スクイーズ
英語 Dolby Digital 2.0ch

日本語字幕つき



監督・制作
:ゲイリー・ハストウィット
撮影
:ルーク・ガイスビューラー
編集
:シェルビー・シーゲル

2007年 イギリス作品


2007年:
サウス・バイ・サウスウエスト映画祭worldプレミア上映
カナダ国際ドキュメンタリー映画祭公式上映
フルハイム・ドキュメンタリー映画祭公式上映

2008年:
インデペンデント・スピリット・アワード ノミネート


ぜひあわせてお楽しみくださいDVD "EAMES FILM 日本版"もお勧め

世界で最も有名な書体ヘルベチカの秘密に迫るドキュメンタリーDVD特別版

A Documentary Film "Helvetica" DVD "SpecialEdition"

¥4,935. (本体価格 ¥4,700.)

デザインに興味のあるすべての方、必見のドキュメンタリー

さらに、95分もの特別映像を収録したスペシャルエディションでお届けします

さて、質問です。以下にあげるこれらの企業、ブランドの共通点はなんでしょうか?

Knoll , Kartell , 3M , FENDI , Nestle(ネスレ), THE NORTH FACE , Lufthansa , CATERPILLAR , evian , Oral-B , SAAB , BMW。

世界的な一流企業、一流ブランドであることはもちろんですが、それだけが答えではありません。続けましょう。

MUJI(無印良品), Panasonic , MITSUBISHI , YKK , Kawasaki , OLYMPUS , EPSON , TOYOTA。

デザインやロゴ、文字フォントに興味の有る方、詳しい方ならお気づきでしょう。すべてに共通していること、これら名だたる企業のロゴにはすべて「Helvetica(ヘルベチカ)」という名の文字(フォント)が使われている、ということ。





これまで、どれだけ沢山の広告や印刷物が刷られ、本が出版されてきたでしょう。それらにはすべて、様々な印刷書体がありました。また、あなたのパソコンには、数え切れないほどたくさんのフォントが搭載されているでしょう。莫大な数の書体があり、デザインに使用されている。それにも関わらずこれら企業のロゴに、なぜHelveticaばかりが好んで使われているのか?

企業ロゴだけではありません。たとえば私たちが駅で電車に乗る時に見かける、駅名表示板の英語の文字。これもHelvetica。日本では1964年に東京オリンピックの欧文書体として公式に採用され、交通機関や広告、雑誌や新聞など、私たちは毎日、莫大な数のHelveticaに囲まれている。

そう、その文字の名前は知らなくても、あなたがこれまでもっともたくさん見てきたフォント。それが「Helvetica」なのです。





ラテン語で「スイス」という名前をもったこのHelveticaという書体、スイスの無名作家によって今から50年前につくられた一つの書体にしかすぎませんでした。それが世界中のグラフィックデザインを席捲していった。

映像は、1957年当時にHelveticaが誕生したスイスの活字工場の取材からスタート。そして、世界のグラフィック、タイポグラフィーを代表するデザイナー、17名へのインタビューへと続いてゆきます。「なぜHelveticaなのか?」と。

ゼロックスやフォードなど名作といわれる数々のCIを手掛けた世界的なグラフィックデザイナー、巨匠、マッシモ・ヴィネリは、その魅力を、力強く、熱く語ります。

逆に、ルー・リードやトーキングヘッズなどのアルバムカバーのデザインなどでも知られ、日本でも人気のあるグラフィックデザイナー、ステファン・サグマイスターはこう訴えます。Helveticaがいかに官僚的な書体であり、非人間的であるかとうことを。

様々な意見。そして魅力的なデザイナーの語り口。彼らの作品集だけでは味わうことができなかった著名デザイナーのチャーミングが人間性が、そこに浮かびあがります。





また映像は街にでて、軽快な音楽とともに、様々な場所にあるHelveticaの使われ方の観察を始めます。チューリッヒ、ベルリン、ニューヨーク、アムステルダム、フランクフルト、ニューヨーク。私たちは書体とどのように接しているのか?何百万人の世界中の人々が毎日、この同じ書体を目にし、使うのはなぜなのか?その風景をカメラは追います。


本編はHelveticaが誕生して満50歳となった2007年に完成し、全世界200の都市で上映され、世界の映画祭で高い評価を得た、第一級のドキュメンタリー作品です。

この作品は、一部の書体ファン、グラフィックデザインファンだけのために作られたものではありません。

しかし、もしあなたがHelveticaという書体をこれまで知らなかったとしても、なぜこの書体が世界の風景に馴染んできたのか、カメラとともに世界中の街を旅し、デザイナーの言葉に耳を傾ける。そのことで、「生活の中で美しいデザインとは?」「私たちの生活になぜデザインが必要なのか?」そんなことついて、きっと考えてみるきっかけとなることでしょう。

さて、Helveticaという、たった一つのデザインが文化や国境を越え、50年の月日をかけ、広く、深く、根付いていった理由とは?


この特別版のDVDでは、80分の本編映像に加えて、本編では収録しきれなかった95分間の特別インタビューをさらに追加したスペシャルエディションでお届けします。

彼らの創作課程や書体の使用の背景にある美学とは。著名デザイナーたちの生の発言はもちろん、彼らのオフィスやスタジオの風景を見ることができるのも魅力のひとつでしょう。


これを見ずしてグラフィック、書体を語ることはできません。デザインに興味のある方はもちろん、デザイナーを志す方、そしてドキュメンタリー映像ファンとって、必見の映像です。


ドキュメンタリーフィルム「Helvetica」監督 ゲイリー・ハストウィット






なぜタイポグラフィーについての映画をつくるのか?
まして、ヘルベチカについての長編映画を?


それは、ヘルベチカが誰にとっても身近なものだからだ。あなたも、おそらく今日既に何回かヘルベチカを目にしているはずだ。ヘルベチカは地下鉄であなたの行くべきホームを案内し、朝刊の広告の中で投資を売り込み、休日の旅行に誘っていたかもしれない。テレビで最新ニュースを届けていたかもしれないし、職場のドアは「押す」のか「引く」のかをあなたに知らせていたかもしれない。

何百万もの人々が毎日ヘルベチカを目にし、使用しているのは「なぜ」なのか?どうやって、1957年に無名同然のスイス人デザイナーによって創られた一つのタイプフェイスが、50年後に人々のコミュニケーションにおいて最も一般的に使われる書体の一つになったのだろうか?そして、それが広く普及したことによる影響は何だろうか?


ビジュアル・カルチャーにグローバル化をもたらしたのだろうか?今日、ミネアポリスでも、メルボルンでも、ミュンヘンでも、店先が同じような見た目になっているのだろうか?我々は、日々の生活の中で、タイポグラフィとどのように付き合っているのか?文字とグラフィックデザインに与える技術的な影響についてはどうであろうか?そして、我々はタイポグラフィをどのように消費しているのだろうか?

そう、私が抱いていた数々の疑問に対して、映画を撮っていくうちにその答えが見つかるのではないかと思ったのだ。また、ヘルベチカの「経歴」を眺めていくことは、過去50年間のグラフィックデザインを見つめるのに良い構成になると思ったのだ。そしてあわよくば、タイポグラフィビジネスには関わりない人々がこの映画を観て、自分たちを取り囲んでいる言葉の数々について、また、それらの言葉を扱う方法に書体がどんな影響を与えているのかということについて、もう一度考えてくれたらいいと思う。


私は、75人もの人々がヘルベチカについて好き勝手に言い合い、それがぶつ切りに脈絡なくひと束にされたような映画は作ろうとは決して思わなかった。グラフィックデザインと書体についての優れたドキュメンタリーはひとつも存在していなかったので、私は、作品の中で出来る限りこの主題についてのインタビューに集中するようにしたいと思った。

ウィム・クロゥエルやマッシモ・ヴィネリ、マシュー・カーター等々・・・・これらの人々は信じられないほど才能にあふれ、知識豊富で謙虚な人々であった。そして、各々が自身の経歴についての長いドキュメンタリーを作るに値する人々であった。また、今日、それまでドキュメンタリーという形式では未だ発表されていなかったが、驚くような素晴らしい作品を創作している若いデザイナーたちにも非常に多いのではある。


映画の中でこれらの人々について少しでも知ってもらい、彼らの作品を少しでも見てもらい、そしてタイプフェイス、もちろんヘルベチカに対する彼らの考えに耳を傾けてもらうことができれば、幸いである。



Gary Hustwit(ゲイリー・ハストウィット)

これまでに5つのドキュメンタリー作品を制作。本作「ヘルベチカ」は彼の初の監督作品となる。次回作はプロダクトデザインについてのドキュメンタリー。

80年代の終わりからパンク・レーベルの「SSTレコード」で仕事をし始め、90年代はインディペンデントの出版社「Incommunicado press」を経営、2000年にはウエブサイト「Salon.com」の副社長となる。2001年にインディーズDVDレーベル「Plexifilm」を立ち上げた。





このドキュメンタリーに登場する
デザイン界を代表するグラフィックデザイナー、タイポグラファーたち





Massimo Vignelli マッシモ・ヴィネリ

世界中でもっとも尊敬されるデザイナーの一人。1971年にニューヨークでヴィネリ・アソシエイトを設立し、Knoll、アメリカン航空、Bloomingdales、ゼロックス、Lancia、チンザノ、フォードなどの企業CIを次々と手掛ける。

ヴィネリはまた夫人のレッテラとともに、Sunar、Rosenthal、Morphos、Knollで家具もデザインしている。夫婦の創作および制作活動は、非常に多くのジャンルに渡っている。それはニューヨークとワシントンD.C.の地下鉄のサイン、そしてグッゲンハイム美術館ビルバオの館内サインも含まれる。





David Carson デヴィッド・カーソン

社会学の学士号を取得し、高校で教壇に立ちながらも、世界的なサーファーとしても活躍。その後、革新的な雑誌デザインと実験的な活版印刷を使用したことで知られるようになる。特に雑誌Beach Culture、Surfer、そしてRay Gunのアートディレクターとして有名。彼の、広く模倣された美意識は、いわゆる「グランジ」時代というものを明確に規定している。

カーソンはペプシコーラ、レイバン、ナイキ、マイクロソフト、バドワイザー、アルマーニ、NBC、アメリカン航空、リーバイ・ストラウスなどと仕事をしている。非常に多くの著書の中で最初のものは「The End of Print」であり、1995年に出版されて世界中で最も売れたグラフィックデザインの本になった。





Wim Crouwel ウィム・クロゥエル

オランダのデザイン界の巨匠の一人であり、文字の形状への体系的かつ創造的なアプローチで名高い。バウハウス原理からかけ離れた、スイスにインスパイアされた論理と実践を組み合わせキャリアを築いた。1963年にTotal Designという組織を共同設立したが、それはオランダで初の総合デザイン事務所であった。

1967年に「Proposal for a New Alphabet」という革新的な書体を発表。それは曲線も斜行する線もない。ドットマトリックス印刷機やテレビ画面上での鑑賞用向けにデザインされたものだった。





Stefan Sagmeister ステファン・サグマイスター

フルブライト奨学金のもと1987年にニューヨークに渡ってから、常にデザイン界において主要な勢力になっている人物である。彼は1993年にサグマイスター社を設立したが、、同社はスタイルよりもコンセプトに重きをおいた。エンターテイメント、アート、カルチャー分業を得意とし、ローリング・ストーンズやルー・リード、トーキング・ヘッズ、デイビッド・バーンなどのアルバムカバーのデザインを手掛けている。

彼の仕事はThe New York Times紙やRolling Stone誌で見られ、グラミー賞やその他数え切れないほどの国際的なデザイン賞を受賞している。





Matthew Carter マシュー・カーター

手でカットされた押し抜き具からコンピュータのフォントまで、活字技術の経験が40年以上ある書体デザイナー。ライノタイプ社と長く共同事業に携わった後、1981年にデジタル活字鋳造のBitstream社を協同設立した。1991年にはBitstreamを去ってシェリー・コーンとともにCater & Coneを設立。

アップル、マイクロソフト、Times誌、News Week誌、Sports Illustrated誌、The Washington Post紙、The New York Times紙やその他多数での仕事を含め、今日頻繁に使われている数多くの有名な書体、Verdana、New Century、School Book、Tahoma、Chinなどをつくった人物である。





Michael Bierut マイケル・ピェルート

ニューヨークのデザイン集団ペンタグラムの共同経営者である。数多くの賞を勝ち取っており、彼の作品はMoMAやクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館、ワシントンの国会図書館などを含む永久コレクションに代表される。また1998年から2001年の間、AIGA(アメリカングラフィックアート協会)の会長を務めた。

「Looking Closer:グラフィックデザイン評論」の傑作集の共同編集者であり、オンラインジャーナル「Design Observer」の設立者でもある。





Experimental Jetset エクスペリメンタル・ジェットセット

Ervin Brinkers、Marieke Stolk、Danny van Dungenから成る、アムステルダムに拠点を置くデザイン集団。

「パンク、シチュアシオニスト・インターナショナル、ゴダール、キューブリック、オランダIRA暫定派運動、フランクフルト学派、デ・スティル、ビートルズ、陰謀論派」などからの影響を思い起こさせる彼らは、カルチャー、音楽、ファッション、出版分野でのプロジェクトを通して、ヨーロッパで最も相違に富むグラフィックチームとしての頭角を現した。





Jonathan Hoefler ジョナサン・ホフラー(左)

書体デザイナーであり、初期の書体デザインを専門とするアマチュアの活字歴史研究家でもある。I.D.誌によって、アメリカで最も影響力のあるデザイナー40人の1人に選ばれ、その作品群の中にはRolling Store誌、Harper's Bazaar誌、The New York Times Magazine、Sports Illustrated誌、Esquire誌などのために開発した独自の書体があり、それらで受賞歴がある。

おそらく一番知られている作品は、アップル向けにデザインしたHoefler Textであり、現在、MacOSの一部として至るところで目にすることができる。


Tobias Frere-Jones トビアス・フレール・ジョーンズ(右)

小売出版、取引先顧客、実験的な目的のために500以上の書体をデザインした。1992年にボストンのフォント・ビューロー社に入り、7年にわたって、シニア・デザイナーとして数多くの書体を作った。それらは、フォント・ビューロー社のよく知られた書体で、特にInterstateとPoynter Oldstyle & Gothicが有名である。

1999年に、フォント・ビューロー社を辞めてニューヨークへ移り、そこでジョナサン・ホフラーと一緒に仕事を始めた。主な顧客はThe Boston Globe紙、The New York Time紙、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館、ホイットニー美術館など。





Lars Muller ラース・ミュラー

1955年オスロ生まれのノルウェー人で1963年以降はスイスに移る。1982年にチューリッヒ近くのバーデンに自らのデザインスタジオを開いて、1996年以降はパリ、ミラノ、バーデンで活躍する総合デザイン集団Integral Conceptの共同経営者となる。

1982年には活版印刷、デザイン、アート、写真、建築に関する書籍を出版し始めた。2002年、「Helvetica:Homage to a Typeface」を出版。彼は世界の最前線のヘルベチカ専門家であり、最も熱心な支持者の一人である。





Norm ノーム

チューリッヒに拠点を置くグラフィック集団でDimitri BruniとManuel Krebsによって共同設立された。聖像破壊主義者の立場を明示し行動しているが、活版運動と画像について知的かつ理論的に厳格なアプローチをしている。

実験的作品と、ケルン空港のような商業的作品のどちらもよく知られており、Normは近年有名なコンペに勝利し、スイス通貨のデザイン権を得た。彼らの作品に関する専門書「Things」は、Gestalfen Verlagにより出版されている。





Neville Brody ネヴィル・ブロディ

The Face誌やThe Arena誌のワーク、キャバレー・ヴォルテールなナイン・インチ・ネイルズなどのアーティストのレコードジャケット・デザインでも知られている。

ロンドンにあるFontFront(現在はFontShop)の設立メンバーの一人で、数々の注目に値する書体をデザインした。FUSEプロジェクト、すなわち雑誌とグラフィックデザインと書体デザインの間での影響力のある融合の促進に一役買っていた。現在も彼自身のデザイン事務所Research Studioにて仕事を続けている。





Michael C. Place マイケル・C・ブレイス

ロンドンのBite It!でTrevor Jacksonと共にデザイナーとしてのキャリアを開始し、Champion RecordsやGee Street Records、その他のレーベル向けレコードジャケットを制作する仕事をしていた。

1992年、The Designers Republicで働き始め、そこでWarp RecordsからSONYプレイステーション向けのワイプアウトシリーズ、書籍3D>2D Adventures Republic of Architectureまで、様々な仕事を始めた。2000年、The Designers Republicを去って旅に出た。2001年ロンドンに自身のデザイン会社Buildを設立。主に印刷用デザインに特化した活動をしている。





Paula Scher ポーラ・シュア

1970年代にAtlantic Recordsのレコードジャケット。アートディレクターとしてグラフィックデザインのキャリアを開始した。1991年に国際的なデザイン集団ペンタグラムに共同経営者として加わった。

2001年にはデザイン界への功績をたたえて、AIGAメダルが授与されている。ChryslerAward for Innovation in Designの受賞者でもあり、Art Directors Club Hall of Fameの一員でもある。





Eric Spiekermann エリック・シュピーカーマン

情報アーキテクト、書体デザイナーであり作家。1979年にベルリン、ロンドン、サンフランシスコに事務所を持つドイツ最大のデザイン会社メタデザインを創設。1988年、電子フォントの制作と流通を目的とした会社FontShopを始めた。

2000年にメタデザイン ベルリン事務所を辞め、現在はベルリン、ロンドン、サンフランシスコに暮らし、出版デザイン、複合デザインシステム、そして多くの書体を手掛けている。





Hermann Zap ヘルマン・ツァップ

生存する書体デザイナーの中で世界的に最も偉大な人物の一人。彼のデザインとしては、PalatinoやOptimaがあるが、おそらく20世紀で最も広く認められ、かつ広く模倣されているフォントである。

彼の最も高い功績は、中世と情報化時代とを易々と結びつけたということである。というのも彼の書体はすべてカリグラフィの影響によって特徴づけられているが、金属活字時代のどんなデザイナーよりも、新しいデジタル技術に順応してきた。80歳後半になる現在でもドイツで活躍しており、文字を設計したりカリグラフィーを鋳錬したりしている。